漫向小園開。嬌媚休相近。毒根刮骨来。右玉簪花。」
最後に口碑の伝ふる所の敗醤花《はいしやうくわ》の一笑話を挙げる。蘭軒は婢を上原全八郎の家に遣つて敗醤花を乞うた。口上は「お約束のをみなめしを頂きに参りました」と云ふのであつた。婢は新に田舎より来て、「めし」を「御膳」と呼ぶことを教へられてゐた。それゆゑ「をみなごぜん」と云つた。上原の妻は偶|山梔子《くちなし》の飯を炊《かし》いでゐたので、それを重箱に盛つて持たせて帰した。
その百九十三
伊沢分家の口碑に蘭軒の平生を伝ふるものは、概ね上《かみ》に記するが如くである。わたくしは此に一二附記して置きたい。其一は蘭軒の筆蹟の事である。富士川氏所蔵の自筆本数種を見るに、細楷と行狎《ぎやうかふ》と皆|遒美《いうび》である。塩田|真《まさし》さんの談に、蘭軒は人に勧めて雲麾碑《うんきのひ》を臨せしめたと云ふ。平生書に心を用ゐたものとおもはれる。真さんは小字良三《せうじりやうさん》、楊庵の子である。
わたくしは金石文の事を知らない。若し此に云ふ所に誤があつたら、人の教を得て正すであらう。雲麾将軍は李氏、名は秀、字は元秀、范陽の人で、
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