ビの「かきざき」は底本では「かきさき」]、僧六|如《によ》、第三は橋本|※[#「木/(虫+虫)」、7巻−352−下−5]庵《とあん》、第四は倉成竜渚《くらなりりゆうしよ》である。「此等常在胸。其状更宛然。瑣事委遺忘。忽亦現目前。」
 蘭軒との交《まじはり》が茶山のために主要なる記念の一であつたことは、此に由つて知られる。

     その百八十

 わたくしは蘭軒の一生を叙して編日の記事をなさむことを努め、此年文政十年八月十三日に※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]《いた》つて、その師友として待つた所の菅茶山の死に撞著した。茶山集の最尾に「臨終訣妹姪」の詩がある。「身殲固信百無知。那有浮生一念遺。目下除非存妹姪。奈何歓笑永参差。」わたくしは始て読んで瞿然《くぜん》とした。前半は哲学者の口吻と謂はむよりは、寧《むしろ》万有学者の口吻と謂ふべきである。想ふに平生筆を行《や》ることの極めて自在なるより、期せずして道《い》ひ得たのであらう。妹姪《まいてつ》は未だその誰々たるかを知らない。しかし井上氏|敬《きやう》が其中にあつたことは明である。
 頼山陽は茶山の病|革《すみやか
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