3水準1−85−76]斎が生家の職業と同じく或は二説皆|是《ぜ》であるかも知れない。
 山陽は京都の福井新九郎が家から引き戻されて、十一月三日に広島の家に著き、屏禁せられた。時に年二十一であつた。
 此年蘭軒は二十四歳、父信階は五十七歳になつた。
 次の年は享和元年である。記して此に至れば、一事のわたくしのために喜ぶべきものがある。それは蘭軒の遺した所の※[#「くさかんむり/姦」、7巻−40−下−15]斎《かんさい》詩集が、年次を逐つて輯録せられてゐて、此年の干支|辛酉《しんいう》が最初に書中に註せられてゐる事である。蘭軒の事蹟は、彼の文化七年後の勤向覚書を除く外、絶て編年の記載に上《のぼ》つてをらぬのに、此詩集が偶《たま/\》存してゐて、わたくしに暗中|燈《ともしび》を得た念をなさしむるのである。
 詩集は蘭軒の自筆本で、半紙百零三|頁《けつ》の一巻をなしてゐる。蠧蝕《としよく》は極て少い。蔵※[#「去/廾」、7巻−41−上−6]者《ざうきよしや》は富士川游さんである。
 巻首第一行に※[#「くさかんむり/姦」、7巻−41−上−8]斎詩集、伊沢信恬」と題してあつて、「伊沢氏酌源堂図書
前へ 次へ
全1133ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング