価。今夕将増金一千。」
 わたくしは此月二十二日に蘭軒が書を茶山に寄せたことを知つてゐる。しかし其書は今存してゐない。存してゐるものは茶山のこれに答へた書の断片である。茶山のこれに答へたのは四月中の事であらう。此断片も亦饗庭氏の蔵儲に係る。「梅児冢《ばいじちよう》あたりへ之散行、さて/\羨しく候。ことに弱冠前後の俊髦《しゆんばう》を携たるをや。私は児なし。養子もとかく相応せず。才子過て傲慢、こまり申候。狂詩のごとしと被仰下候へども、中々おもしろく候。花月何論価高下、只※[#「貝+(やね/示)」、7巻−348−上−15]美酒斗十千と次かけ候へ共、上《かみ》の方出来かね候。かくうちには出来可申か。高滝子《たかたきし》と金輪《こんりん》へ参候由、総介とは誰か。唯介にてはなきか。梧堂と一つになり候半《さふらはむ》と存候。桜花※[#「月+昔」、第3水準1−90−47]《あうくわせき》は性を存《そんじ》、色もあしからず候。わたくしがすれば花はかれて色あしくなり候。伝授心法はなきか。あらば御伝可被下候。嫁御御祝儀に有合候宮島楊枝進申候。薄物に候。これは乗韋と可被思召候。右は空海上人忌日|※[#「月+
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