合の序《ついで》宜奉願上候。山名文よく出来候。これへも宜御致声可被下候。」
此書牘中最も読み難い文字は五絶二首中前の詩の「雀」字の上の一字である。「手」に从ふ字の如くである。「凍」字はわたくしが姑《しばら》く填《うづ》めたに過ぎない。二首共に遺稿乙酉の詩中には見えない。
「風気」は往々文選中に見えてゐる語である。「同上」の「上」は上声《じやうしやう》に読むべきであらうか。字を識る人の教を乞ふ。
その百七十一
上《かみ》に引いた菅茶山の十二月十一日の書牘が、此年文政八年のものだと云ふことは、主に狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の「西遊ももはや四五年」になつてゐると云ふより推定した。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の西遊は辛巳であつた。辛巳より算すれば此年乙酉は第五年、西遊の次年壬午より算すれば第四年である。
書中には七十八歳の茶山が自ら衰況を語つてゐる。「咄かけし事を中途にわすれ申候程の事に候。」菅氏は此頃多事であつたので、手紙を書くことも怠り勝であつた。先づ茶山をして心を労せしむるのは姪女《てつぢよ》敬《きやう》の病であつた。敬は二年前に
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