262−下−11]々映羽觴。屠蘇憶昨最先嘗。酔聞童子談耆旧。驚殺吾齢長一郷。」
「豆日草堂小集」は雪後《せつご》であつた。「雪融烟淡鳥相呼」の句がある。
二十二日に蘭軒は元板千金方の跋を書した。署して「文政癸未孟春廿二日伊沢信恬識」と云つてある。跋の後に更に数行の識語を著けて、「信恬又識」と再署してある。
千金方は、上《かみ》の医範の条に云つた如くに、唐の孫思※[#「二点しんにょう+貌」、第3水準1−92−58]《そんしばく》の撰に係る。「思※[#「二点しんにょう+貌」、第3水準1−92−58]嘗謂。人命至重。貴於千金。一方済之。徳躋於此。故所著方書以千金名。」孫の遺す所の書は此千金方三十巻と脈経一巻とであつた。
然るに千金方の唐代の真を存してゐるものは、和気氏所伝の古抄本一巻があるのみである。即三十巻中の第一巻で、「処士孫思※[#「二点しんにょう+貌」、第3水準1−92−58]撰」と題してある。此本は後に躋寿館に帰し、蘭軒も亦別に一本を影写した。
次に三十巻全備の本に宋槧《そうざん》と元槧《げんざん》とがある。彼は北条顕時が求め得て金沢文庫に蔵してゐたもので、北宋所刊のものた
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