寸耗なし」である。
 蘭軒は十九歳になつた榛軒の詩を茶山に寄示《きし》した。榛軒詩存はわたくしは未だ細検せぬが、弘化三年以前の作を載せぬものかとおもはれる。それゆゑ茶山の目を驚かした詩は何の篇たるを知らない。茶山は又蘭軒の正側室の安を問うてゐる。「おさよの方」は故《もと》の称呼「おさよどの」に復してある。
「松島の画題」云々は何事なるを知らない。月日の下《もと》の括弧内数行は原本に朱書してある。
 詩集にある春の作は既に引いた七首の外、猶六首があつて、わたくしは此に其中の二を挙げることゝする。それは病める蘭軒の情懐を窺ふに足るものと、榛軒柏軒二人の講余のすさびを知るべきものとである。
「余平常好自掃園、病脚数年、不復得然、即令家僮朝掃、時或不能如意、偶賦一絶。脚疾久忘官路煩。山※[#「譽」の「言」に代えて「車」、7巻−257−上−6]江艇興猶繁。但於閑事有遺恨。筅箒不能手掃園。」自ら園を掃くに慣れた蘭軒は人の掃くに慊《あきたら》なかつたのである。
「偶成。元識読書属戯嬉。両児猶是好無移。剰鋤菜圃多栽薬。方比乃翁増一痴。」薬艸を栽培することは蘭軒が為さなかつたのに、榛軒柏軒がこれに手を下
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