を慨《なげ》いて作つたのである。然るに此行※[#「王+滔のつくり」、第3水準1−88−20]の書も亦亡びて、未だその発見せられたことを聞かない。行※[#「王+滔のつくり」、第3水準1−88−20]は恐くは己が書の亡びて、慧琳の書の再び出づることをば、夢にだに想はなかつたであらう。
わたくしは経音義のために余りに多くの辞《ことば》を費した。論語義疏と内経との事は省略に従がふこととしたい。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の書牘には単に「義疏」と云つてある。それを皇侃《くわうかん》の論語義疏と解するのは、嘗て寛延板が※[#「形」の「彡」に代えて「おおざと」、第3水準1−92−63]※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]《けいへい》本に※[#「にんべん+方」、第3水準1−14−10]《なら》つて変改してあるのに慊《あきたら》ぬため、当時の学者は古鈔本を捜すことになつてゐたからである。黄帝内経は素問と霊枢とである。これも当時尚古版本若くは古抄本を得べき望が多少あつたことであらう。
以上が※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の蘭軒に与へた書の註脚である。※[#「木+夜」
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