五畳。浴室一箇所。土蔵一棟。薪炭置場一箇所。」此部屋割は後年の記に係るので、榛軒の継室浄楽院飯田氏の名がある。又|正宗院《しやうそうゐん》は蘭軒の姉|幾勢《きせ》である。しかし房数席数は初より此《かく》の如くであつたかとおもはれる。
二十三日に蘭軒は医術|申合会頭《まうしあはせくわいとう》たるを以て賞を受けた。勤向覚書に云く。「廿三日御談御用御座候所、長病に付名代山田玄升差出候。医術申合会頭出精仕候為御褒美金五百疋被成下候旨、関半左衛門殿被仰渡候。」
冬至の日に蘭軒は蘇沈良方《そちんりやうはう》の跋を書いた。蘇沈良方は古本が佚亡した。そして当時三種の本があつた。一は皇国旧伝本で寛政中|伊良子光通《いらこくわうつう》の刻する所である。一は呉省蘭《ごせいらん》本で嘉慶中に藝海珠塵《げいかいしゆぢん》に収刻せられた。一は鮑廷博《はうていはく》本で乾隆中に知不足斎《ちふそくさい》叢書に収刻せられた。鮑本は程永培《ていえいばい》本を底本となし、館本を以て補足した。皇国本は程本と一致して、間《まゝ》これに優つてゐる。呉本は鮑の所謂《いはゆる》館本である。蘭軒は三本を比較して、皇国本第一、呉本第
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