予遊崎」と云つてゐる。わたくしは此「屡蒙寄贈」の四字から、梅泉が竹田に好《よしみ》を通じて、音問贈遺《いんもんぞうゐ》をなしながら、未だ相見るに及ばなかつたものと推するのである。二人は未見の友であつただらう。そして菅茶山が神辺にあつて狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の江戸より至るを待つた如くに、梅泉は長崎にあつて竹田の竹田《たけだ》より至るを待つたものと見える。しかし茶山はながらへてゐて、※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎を黄葉夕陽村舎に留めて宿せしむることを得、梅泉は早く歿して、竹田の至つた時泉下の人となつてゐた。
 竹田は梅泉の母に逢つて亡友の平生を問ひ、又諸友に就いて其行事の詳《つまびらか》なるを質《たゞ》した。竹田たるもの感慨なきことを得なかつたであらう。
 或日竹田は郊外に遊んで、偶《たま/\》南渓に至り、所謂《いはゆる》梅泉荘の遺址を見た。梅泉の壮時、「挾粉白、擁黛緑、日会諸友、大張宴楽」の処が即此荘であつた。屋舎の名は吟香館で、江稼圃《こうかほ》と大田南畝との題※[#「匚<扁」、第4水準2−3−48]《だいへん》が現に野口孝太郎さんの許《もと》に
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