れてゐる事である。茶山は「晋帥が墓にならぬうちに被成よ」と云つて催促してゐる。此より後四年にして※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は始て志を遂げ、茶山を神辺に訪ふことを得た。
 次に松崎慊堂の名が茶山の此書牘に見えてゐる。しかも其事は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎に連繋してゐる。此所の文は少し晦渋である。「書中に御坐候。松崎ほめ候へ共、簾はいまだ知音を得ず候よし申参候。千載の知己をまつの外せむすべなかるべし。」茶山は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎に院之荘の簾を贈つた。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の書中に此簾の事が言つてある。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は簾を実事求是《じつじきうし》書屋に懸けて客に誇示してゐる。しかし慊堂一人がこれを歎美したのみで、簾は人の称讚を得ないと云つてある。然らば簾は知己を千載の下《しも》に待つ外あるまい。わたくしは読んで是《かく》の如くに解する。
 香川景樹と菅茶山との関係も亦此書牘に由つて知られる。寧関係の無いことが知られると云つた方が当つてゐるかも知れない。頼氏には深く交つた景樹も、菅氏
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