あざな》は少卿《せうけい》が津軽屋三右衛門の称を襲《つ》いですわつたのであらう。慊堂が「風度気象能肖父」と云つてゐるから、立派な若主人であつたかとおもふ。しかし年は僅に十四であつた。安政三年に五十三歳で歿した人だからである。
 書牘には論語を送られた礼を※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎にも伝へてくれと云つてある。論語は市野迷庵の覆刻した論語集解であらう。迷庵の所謂「六朝経書、其伝者世無幾」ものであらう。蘭軒は初め短い手紙を添へて茶山に此本を見せに遣つた。尋《つい》で「あれは献上する」と云つて遣つた。茶山は蘭軒に其礼を言つて、同時に※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎にも礼を言つてくれと云つておこせたのである。わたくしは此間の消息を明にするために、覆刻本の序跋を読んで見たくおもふ。しかし其書を有せない。わたくしは市野|光孝《くわうかう》さんの許《もと》で其書を繙閲して、刻本の字体を記憶してゐるのみである。想ふにこれも亦所謂珍本に属するものであらう。
 今一つ注目すべきは※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の辛巳西遊の端緒が、早く此年文化十四年に於て見《あらは》
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