の奥女中|幾勢《きせ》は茶山に餞《はなむけ》をした。所謂《いはゆる》餞は前に引いた短簡に見えてゐる茶碗かも知れない。わたくしは此餞を云々した条《くだり》の下《しも》に、不明な七字があると云つた。此所には蠧蝕《としよく》は無い。読み難いのは茶山の艸体である。蘭軒の姉は彼餞以外に別に何物をか茶山に贈つた。茶山は帰後時々それを用《も》つて興を添へると云つてゐる。其物は「金柚」と書してある如くである。柚は橘柚《きついう》か。果して然らば疑問は本草の疑問である。兎に角茶山は此種々の贈遺に酬いむと欲した。茶山は嘗て豊が絵を幾勢に与へたことがある。そこで「御入用候はばまたさし上可申」と云ふのである。
その八十
菅茶山は嘗て蘭軒の姉|幾勢《きせ》に尾道の女画史《ぢよぐわし》豊《とよ》が画を贈つたことがあつて、今又重て贈るべしや否やを問うてゐる。豊とは何人であらうか。
わたくしは豊は玉蘊《ぎよくうん》の名ではないかと推測した。竹田荘師友画録にかう云つてある。「玉蘊。平田氏。尾路人。売画養其母。名聞于時。居処多種鉄蕉。扁其屋曰鳳尾蕉軒。画出於京派。専写生※[#「令+栩のつくり」、第3水準
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