旅寝をした間、北条を神辺《かんなべ》の留守居に置いたことは、黄葉夕陽村舎詩にも見えてゐる。百|川楼《せんろう》に勝田|鹿谷《ろくこく》の寿筵があつた。茶山は遅く往つた。すると途上で楼を出て来た男が茶山を捉へて、「お前さんは菅茶山ぢやないか、わしは亀田|鵬斎《ぼうさい》だ」と云つた。二人は曾《かつ》て相見たことはないのである。鵬斎は茶山を伴つて、再び楼に登つた。茶山は留守居の北条が鵬斎を識つてゐるので、自ら鵬斎に贈る詩を賦し、鵬斎の詩をも索《もと》めて、北条に併せ送つた。「陌上憧々人馬間。瞥見知余定何縁。明鑑却勝※[#「ころもへん+楮のつくり」、第3水準1−91−82]季野。歴相始得孟万年。拏手入筵誇奇遇。満堂属目共歓然。儒侠之名旧在耳。草卒深忻遂宿攀。吾郷有客与君善。遙知思我復思君。余将一書報斯事。空函乞君附瑤篇。」拏手《たしゆ》筵《えん》に入るの十四字、儒侠文左衛門の面目が躍如としてゐる。読んで快と呼ぶものは、独り此詩筒を得た留守居の北条のみではあるまい。
 鵬斎が茶山を通衢上《つうくじやう》に捉へて放さなかつた如く、茶山は霞亭を諸生間に抜いて縦《はな》つまいとした。「わたくし女姪二
前へ 次へ
全1133ページ中264ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング