んでも、鉄血宰相の面《おもて》を見ることを得なかつた。これを見むと欲すれば、議院に往くより外無かつたのである。渠は此の如くにして※[#「燮」の「又」に代えて「火」、第3水準1−87−67]理《せふり》の任を全うした。蘭軒は同一の自由を允《ゆる》されてゐて、此に由つて校讐の業に専《もつぱら》にした。人は或は此|言《こと》を聞いて、比擬《ひぎ》の当らざるを嗤《わら》ふであらう。しかし新邦の興隆を謀《はか》るのも人間の一事業である。古典の保存を謀るのも亦人間の一事業である。ホオヘンツオルレルン家の名相に同情するも、阿部家の躄儒《へきじゆ》に同情するも、固よりわたくしの自由である。
「朝不坐」も亦阿部侯の蘭軒に与へた特典である。初め蘭軒は病後に館に上つた時、玄関から匍匐して進んだ。既にして輦《てぐるま》に乗ることを許された。後には蘭軒の轎《かご》が玄関に到ると、侍数人が轎の前に集り、円い座布団の上に胡坐《こざ》してゐる蘭軒を、布団籠《ふとんごめ》に手舁《てがき》にして君前に進み、そこに安置した。此の如くにして蘭軒は或は侯の病を診し、或は侯のために書を講じた。蘭軒は平生より褌《こん》を著くること
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