謝期。今日贈君小瓶子。插芳幾歳侍吟帷。」
 蘭軒は既に茶山を送るに詩を以てして足らず、恵《けい》は更に其同行者にも及んだ。「送臼杵直卿甲原元寿従菅先生帰。追師負笈促帰行。不遠山河千里程。幾歳琢磨一※[#「隻+隻」、7巻−154−下−13]璞。底為照乗底連城。」
 茶山は文化十二年二月某日昧爽に、小川町の阿部|第《てい》を発した。友人等は送つて品川の料理店に至つて別を告げた。茶山の留別の詞に「長相思二※[#「門<癸」、第3水準1−93−53]がある。「風軽軽。雨軽軽。雨歇風恬鳥乱鳴。此朝発武城。人含情。我含情。再会何年笑相迎。撫躬更自驚。」これが其一である。
 東海道中の諸作は具《つぶさ》に集に載せてある。河崎良佐は始終|轎《かご》を並べて行つた。二人が袂を分つたのは四日市である。「一発東都幾日程。与君毎並竹輿行。」驥※[#「亡/虫」、7巻−155−上−6]《きばう》日記は恐くは品川より四日市に至る間の事を叙したものであらう。
 東海道を行つた間、月日を詳《つまびらか》にすべきものは、先づ三月二日に竜華寺《りうげじ》の対岸を過ぎたことである。「岡本醒廬勧余過竜華寺曰。風景為東海道第一。三
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