か》にしない。蘭軒の交る所に前に柴担人《さいたんじん》がある。人物の同異未詳である。
 夏の初と覚しき頃、蘭軒は又家を移した。しかし此わたましの事も亦伊沢分家の口碑には伝はつてゐない。「移家湖上。択勝構成湖上家。雨奇晴好向人誇。緑田々是新荷葉。白※[#「米+參」、第3水準1−89−88]々為嫩柳花。烟艇載歌帰遠浦。暮禽連影落平沙。童孫采得※[#「くさかんむり/純」、7巻−114−下−10]糸滑。菜品盤中一雋加。」時は蓮葉の開いて水面に浮び初むる比、所は其蓮の生ずる湖の辺《ほとり》である。或は此家は所謂「湯島天神下薬湯」の家かとも疑はれる。しかし蘭軒の語に分明に「移家」と云ひ、「構成湖上家」と云ふを見れば、どうも薬湯の家とは認め難い。わたくしは姑《しばら》く蘭軒が一時不忍の池の辺に移住したものと看做《みな》して置きたい。但蘭軒は久しく此に居らずに、又本郷に還つたらしい。
 五月七日に蘭軒の師泉豊洲が歿した。年は五十二歳、身分は幕府|先手与力《さきてよりき》の隠居であつた。先妻|紀《き》平洲の女《ぢよ》は夫に先《さきだ》つて歿し、跡には継室麻田氏が遺つた。紀氏は一男一女を生んで、男は夭し、
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