父登文筆峰」として二絶が見えてゐる。「尋石聴禽到絶巓。忽驚大観落尊前。雲濤北擁三韓地。帆席西来百粤船。」「酔対空洋踞絶巓。風帆直欲到尊前。傍人相指還相問。底是呉船是越船。」
 十一月二十二日に江戸で蘭軒の母が歿した。隆升軒信階の妻伊沢氏曾能で、所謂《いはゆる》家附の女《むすめ》である。年は五十七歳であつた。法諡《はふし》を快楽院是参貞如《けらくゐんぜさんていによ》大姉と云ふ。先霊名録には快楽院が快楽室に作つてある。伊沢分家の古い法諡に、軒と云ひ室と云つて、ことさらに院字を避けたらしい形迹のあるのは、伊藤東涯の「本天子脱※[#「尸+徙」、第4水準2−8−18]之後、居于其院、故崩後仍称之、臣下貴者亦或称、今斗※[#「霄」の「雨」に代えて「竹かんむり」、第3水準1−89−66]之人、父母既歿、必称曰某院、尤不可也、蓋所謂窃礼之不中者也、有志者忍以此称其親也哉」と云つた如く俗を匡《たゞ》すに意があつたのではなからうか。
 曾能は歴世略伝に拠るに、一子二女を生んだ。蘭軒と幾勢《きせ》、安佐《あさ》の二女とである。幾勢は蘭軒の姉であるが、安佐は其序次を詳にすることが出来ない。只安佐の生れたのが幾
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