うかいふもんぼん》毎行十七字にして字大《じのおほきさ》五分|許《ばかり》楷法厳正なり。日已未後にして寺を出で五里原田駅なり。筑肥界をすぎ二里田代駅。難波屋喜平次の家に宿す。夜已初更なり。駅吏|竹秉炬《ちくへいきよ》を持て迎ること里余。俗尤野陋とす。此日午後快晴。大に秋風あり。行程十二里|許《きよ》。」
 竈山の条《くだり》に清原元輔の連歌と細川幽斎の九州道の記とが引いてある。元輔連歌。「春はもえ秋はこがるゝかまど山霞も霧も烟とぞなる。」幽斎は此山の沿革を説いてゐる。初め山に竈門山宝重寺《さうもんざんはうぢゆうじ》と云ふ寺があつて、山伏が住んでゐた。そこへ高橋某が城を築いた。後島津氏が岩屋の城を陥れた時、高橋も城を棄てて去り、山伏が又帰り来つたと云ふのである。「立つづく雲を千里《ちさと》のけぶりにてにぎはふ民のかまど山かな。」
 染川の条には歌が四首引いてある。古歌。「染川を渡らむ人のいかでかは色になるてふことのなからむ。」又「染川に宿かる波の早ければなき名立つとも今は恨みじ。」家隆。「山風のおろすもみぢの紅をまたいくしほか染川の浪。」藤孝。「老の波むかしにかへれ染川や色になるてふ心ばか
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