》に木曾の碓冰《うすひ》にも劣らぬ山形なり。六里|山家《やまが》駅。一商家(米家五兵衛)に休。日午なり。駅中に石を刻して蛭子神《ひるこのかみ》を造りて街頭に立つるあり。(宰府辺にいたるまで往々有り。)駅を離れて六本松の捷径を取り小礫川《せうれきせん》に傍《そう》て行く。右の方に巍然たるものは法満山《はふまんざん》なり。古歌に詠ずる所筑前第一の高山なり。古名|竈山《かまどやま》といふ。寺院廿五房ありともいへり。天正年間には高橋某城を築けり。細川幽斎の紀行に見ゆ。芝山の際《きは》の狭路をすぎて二里大宰府にいたる。染川をすぎて境内に入る。染川まことに小流なり。天正年間すらすでにしかり。況や今にいたりてをや。境内に入るときは石鳥居、石橋、二王門、別殿、東西法華堂、薬師堂、浮堂《うきだう》、中門、回廊、本社、神楽堂、鐘楼、文庫等及末社おほし。此祠は延喜五年八月十九日|安行僧都《あんぎやうそうづ》に勅定ありて造営あり。数百年を経て兵火のために炎失す。今の神殿は天正年中小早川|隆景《たかかげ》筑前国主たるとき境内東西五十三間南北百七十間に定め、本殿は長九間横七間にして南面せり。後年黒田長政此国主たる
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