家に宿。此日暑不甚。行程八里|許《きよ》。」船木の伝説は諸書に見えてゐる。宗祇の道の記にもある。
 第三十七日。「廿六日卯時発す。豊浦を経(豊浦は長府に神功皇后の廟ある故|蓋《けだし》名くる也)海辺の松原をすぎ一里卯月駅なり。榎松原をすぐれば海上に干珠満珠島見ゆ。一里半長府。松屋養助の家に休す。蓮藕《れんぐう》を食せしむ。味《あぢはひ》尤妙なり。しかれども関東の柔滑と自異なり。神功皇后廟あり。頗荘麗なり。左に武内宿禰を祀り右に甲良玉垂神《かふらたまたれのかみ》を祀る。小祠甚多し。西に面し海を望て建つ。側に大樹松。囲《めぐり》三人抱余なり。皇后征韓の時|手栽《てづからうゑ》て、もし凱陣ならば蒼栄すべし、しからずんば枯亡せよといへり。その松なりと土人の説なり。貞世の説と異なり。舞台もあり。(余童子のとき匠人金次といふもの長府侯江戸の邸第《ていてい》補修のとき長府二の宮舞台のはふのごとくなれと好のよし語れり。今目のあたり見ることを得たり。)此宮は長府の二の宮にて一の宮は此より一里北に住吉の神をまつると也。大内|義隆《よしたか》造作の古宮《ふるみや》なりといへり。竜宮より奉る鐘ありといへり。又
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