あつて、南国香木の名である。
酒肴を贈つて来た「三大夫」の中、三浦は当時の家老に平十郎、勘解由、軍記などがあつて、どの人とも定め難い。安藤は内蔵《くら》であらう。岩野は与三右衛門であらう。
茶山は既に蘭軒を七日市に迎へたやうに、又蘭軒を尾の道に送つた。即ち油屋|元助《もとすけ》方の徹宵の宴飲である。
尾の道観音寺の参詣人を見て、蘭軒がこれを江戸の真光寺のにぎはひに比してゐるのが面白い。これは本郷桜木天神の傍《かたはら》に住んだ蘭軒でなくては想ひ到らぬ事である。真光寺の縁日は、寺門が電車の交叉点に向つて開いてゐる今日も、猶相応に賑しい。しかし既に昔日の雑※[#「二点しんにょう+鰥のつくり」、第4水準2−89−93]《ざつたふ》の面影をば留めない。明治の初年にわたくしは桜木天神の神楽殿に並んだ裏二階に下宿してゐたが、当時の薬師の縁日は猶頗殷盛であつた。わたくしは大蛇の見せもの、河童《かつぱ》の見せものを覗いて見たことを記憶してゐる。彼の三尺帯三本を竿に懸けて孔雀だと云つて見せた類で、極て原始的な詐偽であつた。そしてそれに銭を捨てて入るものが踵《くびす》を接したものである。
※[#「
前へ
次へ
全1133ページ中131ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング