門品は註することを須《もち》ゐぬであらう。甲乙経は医統正脈中に収められてゐる鍼灸《しんきう》甲乙経十二巻である。仏祖三経は第一四十二章経、第二遺教経、第三|※[#「さんずい+爲」、第3水準1−87−10]山《きざん》警策である。
十五日より病は革《すみやか》になつた。当時治療に任じた医家五人が連署して江戸に送つた報告書を此に抄出する。十五日後。「小腹御硬満、時々滴々と二勺不足位之御便通有之、尤竹筒相用候程之は通じ無之、始終袱紗にてしめし取申候。御食気更に不被為在、氷餅之湯少々づつ強て差上候而已。」
十七日朝。「翌暁迄二勺不足之は通じ十一度有之、其間多分御昏睡。」
十八日。「御疲労相募、始終御昏睡、御小水は通じ日之内六度、夜に入り七度被為在。」
十九日。「七つ半時頃より御呼吸御短促に被為成、卯之上刻御差重被遊候。」柏軒は遂に五十四歳にして歿したのである。
此記事はわたくしをして柏軒が萎縮腎より来た尿閉に死したことを推測せしめる。
「明日迄御病牀之儘に仕置。御召は官服。御袴御寸法通り、御帯共晒布にて仕立。御肌著御帷子は新き御有合為召。御沐浴明晩仕。(中略。)一と先高倉五条下る処曹洞派禅院宗仙寺へ御棺御移申上。(中略。)御棺二重に仕立、駕籠にて宗仙寺へ御送申上候。(中略。)徳安様御著之上御火葬可仕心得に御坐候。御剃髪は藤四郎へ申付候。七月十九日。多峰安策。湖南正路。西田玄同。塩田良三。志村玄叔。柴田定庵様。松田敬順様。」「明日」は二十日、「明晩」は二十日夕である。連署の初三人中安策は本の清川氏孫で、柏軒の病を聞いて上京したのである。他の二人は未だ考へない。報告書は良子刀自の蔵する所である。
宗仙寺に於ける秉炬《ひんこ》の語と覚しきものが、同じ刀自[#「刀自」は底本では「刀目」]の蔵儲中にある。「文質彬々行亦全。有忠有信好称賢。官晋法眼能医業。洛奉君台無等肩。茲惟新捐館文行院忠信居士。真機卓爾。本体如然。生也依因。五十四年前在武陵。体得医家道。薬与病者。命延愈客。死也任縁。五十四年後在洛陽。帰入如来禅。形蔵宗仙。影顕長谷。直得。其文行也。文彩縦横。行触相応。其忠信也。忠勇発達。信厚確焉。或時看読仏祖三経等。具無修無証仏祖行李之眼。或時諳誦観音普門品。得耳根円通観音妙智之玄。到這裏非真非仮。木人夜半拍手舞。非凡非聖。石女天明和曲喧。正与麼時。帰家穏坐底作麼生。露。普陀山上真如月。影浴清流長谷鮮。」「形蔵宗仙、影顕長谷」は柏軒の墓が京都の宗仙寺と江戸の長谷寺とにあるを謂つたものである。
その三百二十一
此年文久癸亥の歳七月二十日、棠軒は福山にあつて柏軒の病を聞き、上京の許を阿部家に請ひ、直に裁可を得た。即京都に於て柏軒の遺骸を宗仙寺に送つた日である。
二十一日に棠軒は福山を発した。
二十六日の朝棠軒は入京した。推するに柏軒の遺骸は是日|荼毘《だび》に付せられたことであらう。柏軒の墓は京都の宗仙寺に建てられ、後又江戸に建てられた。法語の「形蔵宗仙、影顕長谷」は既に云つた如く此事を指すのである。京都の墓には「伊沢磐安法眼源信道之墓」と題してあるさうである。按ずるに柏軒の名は初め信重《しんちよう》であつた。後|信道《しんだう》と改めたのであらう。
八月廿一日に公に稟《まう》して柏軒の喪を発した。
九月十九日に棠軒は柏軒の後事を営み畢《をは》つて京都を発した。
十月三日に棠軒は福山に帰り着いた。わたくしは棠軒公私略中此往反に関する文を此に引く。
「七月廿日夕、柏軒先生京師旅寓より、御同人御大病に付、繰合早々上京可致旨、安策より申越候に付、願書差出候処、即刻願之通勝手次第被仰付、翌朝発足、廿六日朝京著之処、去十九日御卒去之由、八月廿一日発喪相成、九月十九日京発、十月三日福山帰著。」
柏軒|易簀《えきさく》の処は夷川《えびすがは》の玉屋伊兵衛の家であつただらう。何故と云ふに、柏軒が淹京中宿舎を変更したことを聞かぬからである。柏軒は三月四日より七月十九日に至るまで京都に生活してゐた。三月大、四月大、五月小、六月大であつたから、百三十六日間であつた。此間貧窮は例に依つて柏軒に纏繞《てんげう》してゐたらしい。松田氏の語る所に従へば、塩田良三は師のために大坂の親戚に説いて金三百両を借り、僅に費用を辨ずることを得たと云ふことである。
松田氏は又柏軒の死に関して下《しも》の如く語つた。「わたくしは癸亥の歳に柏軒先生の京都にあつて歿したのは、死所を得たものだと云ふことを憚らない。後年先生の嗣子|磐《いはほ》君が困窮に陥つた時わたくしに、父がもつと長く生きてゐてくれたら、こんな目には逢ふまいと謂つたことがある。わたくしは答へて、いや、さうでない、先生はあの時に亡くなられておしあはせであつたと云つた。」
「竹内立賢も維新後にわ
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