別賜二百苞。十二月叙法眼。会文恭大君有榴房之福。群公子更不予。輒召君調。則多奏効。是以恩眷殊渥。天保十年十一月告老。奉職凡三十二年。仍賜二百苞為養老資。致仕之後。特旨時朝内廷。異数也。(中略。)弘化二年十月十四日即世。距生安永六年九月廿一日。享寿六十有九。」多子の将軍文恭公は徳川家斉である。鞠翁は致仕後には画を作つたことが墓誌に見えてゐる。復斎の家は元岱の病家であつた。
元岱直賢の後を襲いだものが直養《ちよくやう》である。直賢に素《もと》直道《ちよくだう》、直温《ちよくをん》の二子があつて、其次の第三子が直養である。長直道は早世し、仲直温は「蔭仕西※[#「門<韋」、第4水準2−91−59]侍医、叙法眼、又先歿」と云つてある。直養の嗣は、仁杉氏の言《こと》に拠るに、又元泰と称したらしい。以上が麹町の柴田系である。
元泰直為の弟元徳に孫|芸庵《うんあん》があつた。是を木挽町の柴田とする。芸庵の妹が清川玄道に適《ゆ》いた。
芸庵の後を襲いだものが榛門の常庵である。常庵に養子|長川《ちやうせん》があつたが、不幸にして早世したので、芸庵の第二子、常庵の弟陽庵が長川の後を承けた。維新の後忠平と改称して骨董店を開いたのは此陽庵である。忠平の子は鉛太《えんた》である。以上が木挽町の柴田系である。
元岱直賢の弟に元春正雄《げんしゆんまさを》があつて分家した。正雄、字《あざな》は君偉《くんゐ》、号は洛南である。大槻磐渓の墓誌にかう云つてある。「寛政十年四月十五日生于江戸銀座街。幼而学於井四明翁。文政二年卜居於卅間濠。天保十四年六月擢為医員。賜俸三十口。七月進侍医。并官禄四百苞。十二月陞法眼。歴仕二朝十三年。安政二年十一月九日終於家。享年五十八。(節録。)」磐渓は此人と同じく井門《せいもん》より出でた。元春は嘗て傷寒論排簡を著し、又詩を賦し、墨竹を作つた。
元春正雄の後を襲いだものが元美正美《げんびせいび》である。正美、字は子済《しせい》、後元春の称を襲いだ。正美の養嗣子元春は、実は正美の弟道順の子である。以上が卅間堀の柴田系である。
此年棠軒二十二、妻柏二十一、女長二つ、全安の女梅六つ、柏軒並妻俊四十六、妾春三十一、男鉄三郎七つ、女洲十五、国十二、安四つ、琴一つであつた。蘭軒の女長は四十二、榛軒の未亡人志保は五十六になつた。琴は慶応二年九月二日に夭折した。
その二百九十三
安政三年は蘭軒歿後第二十七年である。二月二日に蘭軒の女長が四十三歳で歿した。蘭軒の女は天津《てつ》、智貌《ちばう》、長《ちやう》、順《じゆん》、万知《まち》の五人で、長は第三女であつた。長の夫は棠軒の親類書に「御先手井手内蔵組与力井戸応助」と云つてある。長の一子勘一郎は同じ親類書に「御先手福田甲斐守組仮御抱入」と云つてある。長の二女は同書に「陸軍奉行並組別手組出役井戸源三郎支配関根鉄助妻」と云ひ、又「娘一人父応助手前罷在候」と云つてある。
長は谷中正運寺に葬られた。先霊名録に「究竟室妙等大姉、葬于谷中正運寺」と云つてある。按ずるに正運寺は井戸氏の菩提所であつたのだらう。
柏軒が阿部侯の医官となつたのは此年であるらしい。歴世略伝に「安政丙辰阿部公侍医」と云つてある。伊勢守正弘三十八歳の時である。しかし任命を徴すべき文書等は一も存してゐない。
只良子刀自所蔵の文書中に柏軒が阿部家に於ける「初番入《はつばんいり》」の記及当直日割があつた。わたくしはこれを抄して置いたが、今其冊子を人に借した。初番入の記には年次もなく干支もなかつたことを記憶する。しかし少くも月日は知ることを得られようとおもふ。
伊沢氏よりは既に棠軒が入つて阿部家の医官となつてゐる。然るに今又柏軒を徴《め》すに至つたのは、正弘が治療の老手を得むと欲したものか。
柏軒の妻俊の遺文を検するに、此年五月十八日に富岡《とみがをか》永代寺に詣でた記がある。永代寺には成田山不動尊の開帳があつた。武江年表に拠るに開帳は三月二十日より五月二十日に至る間であつたらしい。「同(三月)廿日より六十日の間、下総国成田山不動尊、深川永代寺に於て開帳」と云つてある。丙辰は三月小、四月大、五月小であつた。俊の詣でたのは閉帳二日前であつた。記中に棠軒の妻柏の妊娠の事が見えてゐて、俊等が開帳の初より参詣を志してゐながら、次第に遅れた事が言つてある。
八月九日に棠軒の二女|良《よし》が生れた。現存してゐる良子刀自である。棠軒公私略に「八月九日朝、女子出生、名良」と云つてある。
此八月は大風雨のあつた月である。公私略に「同月(八月)廿五日、東都大風雨、且暴潮、損処甚多」と云つてある。武江年表に云く。「八月廿三日微雨、廿四日廿五日続て微雨、廿五日暮て次第に降しきり、南風烈しく、戌の下刻より殊に甚しく、近来稀なる大風雨に
前へ
次へ
全284ページ中224ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング