卿。雨晴楓葉菊花天。招集高堂開綺筵。尚歯漫誇頭似雪。延齢共酌酒如泉。新詩吟就徒為爾。旧事談来已惘然。不見当時盧与狄。衰顔慚対両青年。自註、延齢備州酒名、是日席上侑之、盧狄謂蘭軒※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎、二人皆少於余十数歳。」両青年は蘭軒の子|信厚《しんこう》、※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の子懐之で、懐之は主人信厚を助けて客をもてなしたことであらう。
柳湾が蘭軒と往来したことは、此詩引を除いても尚証跡がある。某《それ》の年正月十六日に、柳湾は蘭軒等と雑司谷の十|介園《かいゑん》と云ふ所に遊んで梅を看た。其時蘭軒は柳湾に謂つた。「宅の庭には雑木が多いが、あれを皆伐らせて梅を栽ゑようかとおもふ」と云つた。翌日雪中に柳湾は詩を賦して蘭軒に寄せた。徳《めぐむ》さんの蔵する詩箋は下《しも》の如きものである。「正月十六日、伊沢先生及諸子同遊雑谷十介園、園中野梅万余株、花盛開、鬮韻得八庚。十里城西試聴鶯。村園花満玉瑩々。共言今歳歓遊好。先卜梅郊爛縵晴。又得三肴。百樹梅花照暮郊。花間吟酔倒長匏。村翁也解留連意。折贈黄昏月一梢。翌日大雪、戯呈伊沢先生、又用前韻。料峭春寒歇囀鶯。満林飛雪鎖晶瑩。天公為掩仙遊跡。不使俗人躡嫩晴。昨日尋梅酔晴郊。今朝対雪酌寒匏。満園雑樹君休伐。留看瑤花綴万梢。(自註)先生謂余曰、欲悉伐家園雑樹、而植梅花。館機再拝具草、笑政。」引首印《いんしゆいん》は「石香斎」、名の下《しも》の二印は「館機」、「梅花深処」である。尚歯会に列した年、柳湾は七十五歳であつた。慊堂遺文の二序を閲《けみ》するに漁唱詩の初集二集は当時既に刊せられてゐた。
わたくしは此より尚歯会の今一人の客松崎慊堂の事を言はうとおもふ。
その二百四十三
わたくしは此年天保丙申九月十日に榛軒の催した尚歯会の事を言つて、其客の一人たる館柳湾の詩を挙げた。当日の客は幾人であつたか知らぬが、わたくしの知る限を以てすれば、柳湾を除非して只一の松崎|慊堂《かうだう》あるのみである。
わたくしは未だ慊堂の此会に赴いた確証を得ない。わたくしは唯会に先つこと五日に、慊堂がこれに赴くことを約したのを知つてゐるのみである。そして慊堂が必ず此約を履《ふ》んだだらうと推するのである。
わたくしは先づ慊堂の書を花天月地《くわてんげつち》中に得てこれを読み、後に近藤氏に由つて柳湾の詩を見た。会日の「重陽明日」即ち九月十日であるべきことは、慊堂が既に云つてゐる。しかしその丙申九月十日なることは、柳湾が独りこれを言つてゐるのである。啻《たゞ》に然るのみならず、厳密に言へば、九月十日を期した会が果して期の如くに行れたと云ふことも、又柳湾が独り伝へてゐるのである。
慊堂の書に拠るに、初め榛軒は慊堂を請じ、慊堂は略《ほゞ》これを諾した。唯或は雨ふらむことを慮《おもんぱか》つて云々した。榛軒は肩輿《けんよ》を以て迎へようとした。是に於て慊堂は書を裁して肩輿を辞したのである。是がわたくしの目睹した唯一の慊堂の尺牘《せきどく》である。
「手教拝読。秋冷盈至之処、益御清穆起居奉賀候。然者《しかれば》兼而御話御坐候老人会、弥《いよ/\》重陽明日御催に付、拙子も罷出候様先日令弟御入之所、不在に付不得拝答。此間小島子来臨、因而《よつて》御答相頼、乍然《さりながら》雨天なれば老人には定而《さだめて》迷惑可仕と可有御坐心得に而《て》、雨天の事申上候。雨天に而皆々被参候事に御坐候得ば曾而《かつて》不苦、草鞋《さうあい》布韈《ふべつ》尤妙に御坐候。遠方竹輿など被下候には及不申、此儀は堅御断申上候。但止宿之事は此節|奈何《いかゞ》可有御坐、此は臨時之事と奉存候。此段※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]奉答仕候。頓首。九月端五。松崎慊堂、伊沢長安様。尚以竹輿之事はくれ/″\も御断申上候也。」
「令弟」は柏軒である。榛軒は初め慊堂を請ぜむがために、弟を羽沢《はねざは》へ遣つたのである。慊堂の初の答を榛軒に取り次いだ「小島子」は宝素か抱沖か。「老人には定而迷惑可仕と可有御坐心得」は稍解し難い。しかし末の「止宿之事は此節奈何可有御坐」と対照して其義を暁《さと》ることが出来る。老人は多分迷惑するだらうとおもふ懸念より云々したと謂ふのである。推するに此「可有御坐」は慊堂特有の語ではなからうか。
慊堂の書は紅色の巻紙に写してある。字体勁にして潤である。絶て老人の作る所に似ない。
尚歯会の年、慊堂は六十六歳であつた。
わたくしは未だ慊堂日暦の丙申の部を閲することを得ない。伊沢氏尚歯会に来集した館松崎以外の老人の誰々なるかが、或は日暦中に見出されはせぬだらうか。わたくしはそこに一縷の望を繋いで置く。
此年伊沢氏では榛軒三十三、妻
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