にも日録にも多く見えてゐる。直の事は洞谷の子なるを以て特に抄出する。按ずるに所謂入門者は概《おほむね》皆医であらう。しかし直は必ず医となつたとも云ひ難い。同月十二日に「今日より外史講釈相始む」の文があるからである。外史の日本外史なることは勿論である。後に聞けば、直は幾《いくばく》ならずして吉田氏を去り、一たび甲斐氏を冒し、遂に本姓|前原《まへばら》に復して終つた。前原氏は神辺《かんなべ》菅氏の隣で、是が直の生家であつた。

     その三百五十九

 此より明治癸酉九月十二日後の棠軒日録を続抄する。
「廿二日。晴。真野竹陶(兵助事)病死之趣|為知来《しらせきたる》。即葬送寺へ行。」「廿三日。晴。真野へ悔行《くやみにゆく》。」「廿六日。陰。微雨。夕微晴。真野へ被招行飲。当日初日|※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]夜《たいや》也。」真野竹陶は竹亭には孫、陶後には子で、今の幸作さんには父である。歿日は九月廿一日、寿は五十六である。
「五日。(十月。)晴。三沢へ行。お長縁談の返事。」「廿一日。晴。吉辰に付、長女津山碧山方へ結納取替。三沢老母周旋。」「十七日。(十一月。)長女津山へ縁談之願戸長へ差出す。」「十八日。晴。三沢へ行。」「二十日。時晴時雨《ときにはれときにあめ》。長女|鉄漿染《かねつけ》。三沢老母|賓《ひん》たり。吉田老母、お糸を招く。」「廿三日。晴。長女縁談願過日戸長迄申出置。願面|如左《さのごとき》よし。縁談願。私長女長。当酉二十歳。第二大区小十五区三百五十八番屋敷士族津山碧山妻に縁談|申合度《まうしあはせたく》此段奉願候也。年月日。第二大区小何区何番士族、伊沢某、印。右に付昨日|送籍証《そうせきしよう》一紙受取、今日野村方迄差遣す。」「廿五日。晴。津山氏へ長女道具送り遣す。房助卯三郎両人にて三度に舁送《よそう》す。」「廿六日。晴。長女津山碧山へ暮時出宅に而《て》嫁《か》す。引続自分及|徳《めぐむ》同家へ舅入行《しうといりにゆく》。夜四時前開く。安石、お糸、三沢老母、吉田老母、石川おきく等来。寛斎来。」「廿八日。晴。午後陰。夜半雨。杉山津山へ寄、吉田へ行。」「十日。(十二月。)晴。夜半雨。長女里開き。碧山、文女《ふみぢよ》、喜代女及三沢老母、其外貞白、洞谷、寛斎、吉田老母、お糸、旧婢《きうひ》たけ、卯三郎等来大飲。」「十五日。晴。内祝之赤飯配る。」「廿日。晴。長女来宿。」是が棠軒の女長の津山碧山に嫁した顛末である。わたくしは明治初年婚礼の一例として、特に詳にこれを抄した。
 媒人《なかうど》は三沢|順民《じゆんみん》であらうか。少くも三沢氏が所謂橋渡をしたことは明である。三沢老母は順民の母、吉田老母は洞谷の養母、糸は飯田安石の妻、きくは石川貞白の妻、野村徳太郎は碧山の姉ちかの夫である。戊辰|東役高《とうえきだか》に「御通掛新番組、野村徳太郎、廿一」と云つてある。文、喜代は津山氏の家族であらう。卯三郎、房助、たけは奴婢である。
 此婚嫁は棠軒がその愛する所の女を出して、親む所の友に嫁したのである。只俗に随ひ礼を具へたに過ぎなかつたであらう。
 長子刀自の福田氏に語るを聞くに、碧山には先妻|武藤《ぶとう》氏があつて、一女を遺して歿した。津山直次郎は此女のために迎へられた婿で、大正五年十二月十五日に歿し、其長子は図按家になつてゐるさうである。
 十月以後、棠軒の女長が于帰《うき》の事のあつた旁《かたはら》に、尚二事の記すべきものがある。棠軒が冢子《ちようし》徳《めぐむ》のために算術の師を択んだのが其一である。十月六日の下《もと》に云く。「徳今夕より中村某へ遣す、算術。」阿部正弘の継室|謐子《しづこ》の死が其二である。十月十八日の下に云く。「去五日清心院様御逝去被遊候由。」十一月六日の下に云く。「小鼓へ行。過日清心院様御逝去之御機嫌伺取計之一礼。」十一月廿二日の下に云く。「清心院様御四十九日御相当に付兼而勤仕之者申合於定福寺少分之御供養申上。」十二月二十六日の下に云く。「清心院様為御遺物金二百疋被成下候趣、三富氏より貞白受取持参。」謐子は糸魚川の松平日向守直春の女、越前の松平越前守|慶永《よしなが》の養女で、正桓《まさたけ》の夫人|寿子《ひさこ》は其出である。小鼓《こつゞみ》は己巳席順の「十人扶持、御足五人扶持、鼓菊庵、五十四」で、同席順の「十人扶持、御足十人扶持、鼓泰安、五十九」の大鼓《おほつゞみ》に対《むか》へて言ふのであらうか。猶「鼓兆安、鼓定」と云ふものも同席順に見えてゐる。三富氏は己巳席順に「百廿石、御附奥家老、御家従、三富甚左衛門、五十八」と云つてある。

     その三百六十

 わたくしは棠軒日録を抄して明治癸酉の歳暮に至つた。
 此年は伊沢氏と旧好ある人々の中で、門田《もんでん》朴斎と渡辺
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