ることが難《かた》くはない。これに反して一旦京都に入つては、先生は孤立してしまふ。わたくしはこれを懼《おそ》れた。」
「わたくしの疑懼は、若し先生が小心の人であつたら、さ程ではなかつただらう。わたくしは先生の豪邁の気象を知つてゐたので、そのいかに此間に処すべきかを思ふ毎に、肌に粟を生じたのである。」
「わたくしの志村玄叔を簡《えら》んで随行せしめようとしたのは、志村をして此間に周旋せしめようとしたのである。志村は山形藩医である。水野泉州に謁して事を言ふことも容易であり、又泉州左右の人々をも識つてゐる。此人が先生の傍《かたはら》にゐたら、万一事端の生ずることがあつても、先生を救解することが出来ようとおもつたのである。」
「しかし先生は果して志村を率《ゐ》て行くであらうか。わたくしは頗これを危《あやぶ》んだ。何故と云ふに、剛強の人は柔順の人を喜ぶ。先生の門下には竹内立賢《たけのうちりふけん》の如き寵児がある。独り先生と先生の家人とがこれを愛するのみならず、丸山伊沢の眷族さへ一人として称讚せぬものはない。又粗豪の人は瑣事に手を下すことを嫌つて、敏捷の人を得てこれに任ぜしめようとする。同門の塩田|良三《りやうさん》の如きは其適材である。塩田が侍してゐれば、先生は手を袖にして事を辨ずることが出来る。わたくしはそこへ遽《にはか》に志村を薦むることの難きを思つた。」
「さればとて先生に向つて、あからさまに泉州の威権を説き、蘭方医の信用を説くことは出来ない。若し此の如き言説を弄したら、先生は直にわたくしを叱して却《しりぞ》けたであらう。」
「わたくしは焦心苦慮して日を送つた。既にして先生出発の期は迫つた。わたくしは一日《あるひ》先生に伺候して、先生お供には誰をお連になりますかと問うた。」
「塩田を連れて往く。」
「さやうでございますか。成程、塩田が参るなら、先生の御不自由のないやうに、お世話をいたす事でございませう。しかしわたくしはお願がございます。それは外でもございませんが、今一人志村をお連下さいませんか。あの男は兼て一度京に上りたいと申してをりました。此度のやうな機会はなか/\得られませんから。」
「志村か。さうさなあ。まあ、今度は止にしてもらはう。」
「先生はかう云ふ時に窮追して捉へることの出来ぬ人だから、わたくしは黙つて退いた。」
その三百十六
わたくしは松
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