独り韓の此詩はわたくしをして唐代宦官の禍を思はしめて已まなかつた。
わたくしは終に此詩を諳記した。しかし未だ謂ふ所の何の木なるを知らなかつた。一日《あるひ》わたくしは、ふとこれを知らむことを欲して、二三の類書を閲《けみ》した。そして五|車韻瑞《しやゐんずゐ》中に於て此詩を見た。憾むらくは引く所は題に及ばぬので、わたくしは遂に大樹の何の木なるを知ることが出来なかつた。
わたくしは人に昌黎集を借りて閲した。巻九《けんのく》に「楸樹」の詩三首があつて、鵬斎の書する所は其一であつた。わたくしは進んで楸の何の木なるかを討《たづ》ねた。
此問題は頗《すこぶる》困難である。説文に拠れば楸は梓《し》である。爾雅を検すれば、※[#「稻」の「禾」に代えて「木」、8巻−184−下−2]《たう》、※[#「木+臾」、8巻−184−下−2]《ゆ》、※[#「木+懷のつくり」、8巻−184−下−2]《くわい》、槐《くわい》、榎《か》、楸《しう》、椅《い》、梓《し》等が皆相類したものらしく、此数者は専門家でなくては辨識し難い。
今蘭軒医談を閲するに、「楸はあかめがしはなり」と云つてある。そして辞書には古のあづさが即今のあかめがしはだと云つてゐる。わたくしは此に至つて稍答解の端緒を得たるが如き思をなした。それは「楸、古言あづさ、今言あかめがしは」となるからである。
しかし自然の植物が果して此の如くであらうか。又若し此の如くならば、梓は何の木であらうか。わたくしは植物学の書に就いて捜索した。一、楸はカタルパ、ブンゲイである。二、あづさはカタルパ、ケンプフエリ、きささげである。(以上紫※[#「くさかんむり/威」、第3水準1−91−11]科。)三、あかめがしははマルロツス、ヤポニクスである。(大戟科。)是に於て切角の発明が四花八裂をなしてしまつた。そして梓の何の木なるかは容易に検出せられなかつた。畢竟自然学上の問題は机上に於て解決せらるべきものではない。
是に於てわたくしは去つて牧野富太郎さんを敲いた。
その二百九十五
わたくしは蘭軒医談楸字の説より発足してラビリントスの裏《うち》に入り、身を脱することを得ざるに至り、救を牧野氏に求めた。幸に牧野氏はわたくしを教ふる労を慳《をし》まなかつた。
「一、楸は本草家が尋常きささげとしてゐる。カタルパ属の木である。博物館内にある。」わたく
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