さな》きもの老いたるものゝ歩むに、心もとなきことはあらじと、少しは心おちゐぬ。」
「暫くして大路にいみじき雨の降るらむやうに、さわ/\と水音立つるは何ならむと、例の窓より見やるに、家ごとに火の事の用にと湛へ置きたる水桶倒れ、水の溢るゝなり。」
「駕籠舁くものの云ふ。日比《ひごろ》悩み給へるに、かく揺りもて行けば、いかに苦しと思召すらむ。強ひてねりもて行かむとおもへど、しづ心なくて、いつしか足疾くなりぬと云ふ。いな、心地は此日比よりもさわやきぬ。心遣なせそ。疾く走り行きて、とみに帰りね。家の焼け失せなむも心もとなし。疾く帰りて調度持出してよとそゝのかし走らす。駕籠舁くもの心えて急ぎ行けば、身はいたう揺らるれども、日比には似ず、胸のいたきことさへに忘れゐたり。」
「又こゝはいかならむとさし覗き見るに、空は皆一つらに赤うなり、右左の小路《こうぢ》はいづこも/\火燃ゆるさま、目のあたりに見えておそろし。かかれば老いたる御方のいかに心もとなく歩み苦しうおぼすらむと見やるに、手拭被りつつ、脛《はぎ》あらはに端折りて、ささやかなるものを負ひつつ来給ふさま苦しげにもあらず、常の道歩み給ふさまなるがいと怜《うれ》し。」
「筋違《すぢかひ》の広き大路には、所狭《ところせ》きまで畳積みかさね、屏風|戸障子《とさうじ》などもておのがじゝ囲ひたり。中に衾《ふすま》かづきて臥したるは、わがごとき病者《ばうざ》ならむとおもへば、あはれ湯などあらば飲ませまほしとぞおもふ。こゝはしも火の見ゆることなければ、少しは心落ちゐぬ。」
「湯島なる故《ふる》さとに来て見れば、表なる塗籠《ぬりごめ》はいたう揺り崩され、屋根なりし瓦落ちつもり、壁の土と共に山の姿なせり。されば常に駕籠舁き入るゝ玄関めく方へ往かむこと難く、さりとてこゝにあるべきならねば、先づ案内《あない》をぞこふ。」
「従者《ずさ》出来て、こはよくぞ来ましゝ、此日比悩み給ふと聞きつるに、み心地はいかになど問ひつつ、駕籠の戸引きあけつ。さてをさなきもの危し、誰《た》ぞ抱き取りてよと云ふに、又一人出来て童《わらは》を抱《いだ》き取りぬ。さきなるが我手を取りて云ふ。かしここゝの崩れ損《そこな》はれて、歩み行くこと難き道となりたれば、わびしうぞおぼすらむ。家あるじは疾く庭のあなたなる茶の湯ものする囲に移りてぞおはする。いざこなたへとて、手を取りて扶け起し、
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