る。然るに江木も森田も目撃者では無い。目撃者たる里恵若くは石川若くは牧は、果して何事をも伝へてをらぬか。是がわたくしの当《まさ》に討究すべき所である。

     その二百五

 江木|鰐水《がくすゐ》は頼山陽を状したが、山陽が歿した時|傍《かたはら》にあつたものでは無い。それゆゑわたくしは傍にあつたものの言《こと》を聞かむことを欲する。就中《なかんづく》わたくしの以て傾聴すべしとなすものは小石氏|里恵《りゑ》の言《こと》である。
 江木森田二生の辨難の文を閲《けみ》するに、森田節斎は里恵の言《こと》に拠つて江木の文中山陽の終焉を叙する一段を駁してゐる。森田にして錯《あやま》らざる限は、里恵は山陽が眼鏡を著けて政記を刪定し、筆を閣《さしお》き、眼鏡をば脱せずして逝いたと云ふことを否認してゐたやうである。
 然るに晩出の森田、わたくしの亡友思軒の文に一の錯誤がある。思軒はかう云つてゐる。「節斎の書には鰐水の不脱眼鏡而瞑を駁して、決して此事無しといへり。然れども鰐水は現に之を小石氏に聞きたりといへば、行状の言を信とせざるべからず。」鰐水は小石氏に聞いたとは云はない。石川|君達《くんたつ》に聞いたと云つたのである。里恵は原告節斎に有利なる証言をなしたのに、思軒は誤つて被告鰐水に有利なる証言をなしたものとした。
 推するに是は思軒の記憶の誤、若くは筆写の誤であらう。わたくしは亡友の文疵《ぶんし》を扞《あば》くに意あるものではない。わたくしは今も猶思軒の文を愛好してゐる。わたくしは只里恵がいかに山陽の終焉を観察したかを明にせむと欲するが故に、已むことを得ずしてこれに言及したに過ぎない。
 里恵は行状中「不脱眼鏡而瞑」の段を否認したらしい。しかし其|言《こと》は消極的で、しかも後人は間接に節斎の口よりこれを聞くのである。若し此に積極的言明があつて、直接に里恵に由つて発表せられてゐるとしたなら、その傾聴するに足ることは何人《なにひと》と雖も首肯すべきであらう。
 然るに此の如き里恵の言明は儼存してゐる。人の珍蔵する所の文書でもなく、又僻書でもない。田能村竹田の屠赤瑣々録《とせきさゝろく》中の里恵の書牘である。
 わたくしは前《さき》に里恵の山陽に嫁した年を言ふに当つて、既に一たびこれを引いた。そして今再びこれを引いて煩を憚らない。わたくしは敢て貴重なるものを平凡なるものの裏《うち
前へ 次へ
全567ページ中324ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング