席上とは四月十三日の席上であらう。
五月十三日には三たび静宜亭に会したらしい。「栽竹、五月十三日静宜亭宿題」の五律二首、「関帝図、同上」の七絶一首、「晨起、席上分韻」の七絶二首がある。
六月十三日には四たび静宜亭に会したらしい。「老婦歎鏡、六月十三日静宜亭宿題」「打魚、同上」「観蓮、同上」の七絶各一首がある。山斎牡丹《さんさいのぼたん》以下十首の詩は省《はぶ》く。
十四日には程近き長泉寺に遊んだ。「六月十四日、長泉寺避暑、寺在丸山、往昔元禄中、隠士戸田茂睡、老居此地、園植梨数十株、今有梨坂。梨花坂北有松門。涼籟吹衣到祇園。清浄心他山翠色。安禅坐是石苔痕。幽禽境静猶親客。炎日樹喬不入軒。方識昔時高尚士。卜隣此地避塵喧。」
晦《つごもり》には墨田川に遊んだ。「六月晦日墨水即事」の七絶がある。詩は省く。以上夏の詩十七首中、わたくしは二首を取つた。別に「即事」一、「題画」二の七絶があつて、並に製作の日を載せない。
秋に入つて、蘭軒は七月七日に友を家に会した。「七夕小集」の七絶に「茅亭亦有諸彦会」の句がある。
八月十三日に蘭軒は五たび静宜亭に会したらしい。「友人園中巌桂頗多、因乞一株、八月十三日静宜亭宿題、」「観濤、同上、」「村醸新熟、静宜亭席上」の七絶、七律、五律各一がある。詩は省く。
その百六十七
此年文政八年八月十五日に蘭軒は「中秋新晴」の詩を作つた。「連日関心風雨声。今宵忽漫報新晴。満園露気秋蕭灑。月自桂叢香裏生。」按ずるに桂とは巌桂《がんけい》を謂ふのであらう。二日前の静宜亭の会に、友人が多く巌桂を栽ゑてゐるので、其一株を乞うたと云ふ宿題が出でてゐた。わたくしは此詩を見て、彼題の蘭軒の出したものなるを知り、又彼会の蘭軒の主催に係ることを知る。来会者に蘭軒の門人多き所以である。巌桂は木犀である。蘭軒は此中秋に新に移植した木犀の木間《このま》の月を賞したのである。
此中秋は備後も亦|新晴《しんせい》であつた。菅茶山の五古の引はかうである。「乙酉中秋。霖後月殊佳。数日前湯正平至自江戸。説蠣崎公子在病蓐。因賦寄問。且告近況。兼呈花亭月堂二君。」湯正平《たうせいへい》は何人《なにひと》なるを知らぬが、新に神辺《かんなべ》に来て、蠣崎波響《かきざきはきやう》の江戸に病んでゐることを告げた。波響五十五歳の時である。茶山は波響と岡本花亭、田内月堂の二人
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