者之不可思議奚以異。而尚可待以人而詰以理乎哉。」
わたくしはこれを読んで、広瀬淡窓が神童を以て早熟の瓜《うり》となしたことを憶ひ出した。若し同一の論理を以て臨んだなら、露姫は温室の花であらう。これは常識の判断である。
一斎はこれに反して露姫の夙慧《しゆくけい》を「有物憑焉」となした。わたくしはペダンチツクに一斎の迷信を責めようとはしない。しかし心にその可憐の女児《ぢよじ》を木石視したるを憾《うらみ》とする。若し文章に活殺の権があるとするなら、一斎の此文は箇《こ》の好題目を殺了したと云はざることを得ない。
今わたくしの手許に「淡窓小品」が無いので、広瀬の文を引くことが出来ぬが、広瀬は禅家の口吻を以て常識を語つてゐた。然るに佐藤は道学者の語を以て怪を志《しる》してゐる。わたくしは此対照の奇に驚く。わたくしは早熟の瓜をも取らず、能言の木石をも取らない。わたくしは姑《しばら》く蘭軒の乾蝴蝶《かんこてふ》に与《くみ》して置かう。「芳魂忽入芸牋裏。尚帯花香傍架頭。」
秋は※[#「くさかんむり/姦」、7巻−309−下−9]斎《かんさい》集に詩四首がある。「秋夕書事三首」と閏《じゆん》八月十五日に月を観た詩一首とである。後詩の引を見るに、江戸の中秋は無月であつた。菅茶山の集を閲《けみ》すれば、先づ十三夜には雨中に月が出た。「更深月出雨仍灑。照見銀糸垂半天。」十四夜は陰《くも》つてゐた。「秋郊醸雨気※[#「火+高」、第3水準1−87−60]蒸。来夜佳期雲幾層。」然るに幸に十五夜に至つて晴れた。「客逐秋期可共娯。況逢新霽片陰無。奈何天上団円影。不照牀頭一小珠。」末《すゑ》に「半月前喪姪孫女」と註してある。
所謂「姪孫女」とは誰であらうか。わたくしの手許には福田禄太郎さんが黒瀬格一さんに請うて写し得た菅波高橋両家の系図がある。又此年甲申八月十七日後に茶山が蘭軒に寄せた尺牘がある。わたくしは此系図と尺牘とに就いて、姪孫女《てつそんぢよ》の誰なるかを究めて見ようとおもふ。原来姪孫女の称呼には誤解し易い処がある。しかし茶山の斥《さ》して言ふ所は「姪孫之女」ではなく、「姪之孫女」であるらしい。
その百五十七
わたくしは蘭軒の事蹟を叙して此年文政七年の秋に至り、八月十五日の夜、蘭軒が江戸に於て無月に遭ひ、菅茶山が神辺に於て良夜に会したことを言つた。茶山は良夜には会したけれ
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