の茶山に託したのは何事か、今考へることが出来ない。

     その百五十一

 已に云つた如くに、わたくしは蘭軒の事を叙して文政六年に至り、菅茶山の十一月二十三日の書牘を引いた。此十一月二十三日より後には、年の尽るに至るまで、蘭軒の身上に一も月日を明にすべき事が無い。
 ※[#「くさかんむり/姦」、7巻−299−上−15]斎《かんさい》詩集は、二月十三日に酌源堂《しやくげんだう》に詩会を催し、宿題看梅に就いて詩を闘はした後、僅に詩四首を載せてゐるのみである。そしてそれが皆季節に拘束せられぬ作である。
 最初に題画一首がある。わたくしはこれを擺去《はいきよ》する。次に「偶成」「自笑」の二絶がある。人間不平の事が多い。少壮にして反撥力の強いものは、これを鳴らすに激越の音を以てする。蘭軒は既に四十七歳である。且|蹇《あしなへ》である。これに応ずるに忍辱《にんにく》を以てし、レジニアシヨンを以てするより外無い。偶成に云く。「金玉難常保満盈。鬼神猶是妬高明。要航人海風濤険。無若虚舟一葉軽。」しかしわたくし共の経験する所を以てすれば、虚舟《きよしう》と雖、触るれば必ずしも人の怒を免れない。自笑に云く。「愛酒等間任歳移。読書不復解時宜。検来四百四般病。最是難医我性痴。」一|肚皮《とひ》は時宜に合はない。病は治すべくして、痴は治することが出来ない。これも亦レジニアシヨンの語である。
 最後にこんな詩がある。「近日児信重儲古銭数枚、朝夕翫撫、頗有似酒人独酔之楽、因賦一詩。漢唐貨幣貴於珠。千歳彰然証両銖。光潤方分潜水土。※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]斑更愛帯青朱。堪想求古※[#「勹<亡」、7巻−300−上−4]児癖。無受如兄俗客汚、自笑吾家痴子輩。亦生一種守銭奴。註云、乞児猶乞古銭、事見蒙斎筆談、謝在杭五雑組、演為一話、世多以為始自謝氏者陋矣。」
 蘭軒の三子柏軒が古銭を集めることを始めた。狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の古泉癖《こせんへき》は世の知る所である。「歴代古泉貨幾百品。自幼之時愛玩之。或遇清間興適。攤列※[#「片+総のつくり」、7巻−300−上−10]間品評之。」其子|懐之《くわいし》、其忘年の友渋江抽斎も亦古泉を翫《もてあそ》んだ。現に同嗜《どうし》の人津田繁二さんは「新校正孔方図鑑」と云ふ書を蔵してゐる。懐之の「文化十二年嘉平月二日」の識
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