年して江戸へゆき、江戸にはやること亦十五六年して上方へ来ると云。この蕣《あさがほ》は両地一度也。いかなる事や。重厚之風段々減じ、軽薄之俗次第に長ずるにはあらずや。何さま昌平之化可仰可感候。」
「梧堂より両度書状、今以返事いたさず、畳表之便をまち申候。其内先此一首にて、王子と両方への御断也。御届け可被下候。」
「※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎隠居之譚とくより承候。あたらしく被仰下候而物わすれは老人のみにあらずと、差彊人意《やゝじんいをつようし》候。書中に御坐候。松崎ほめ候へ共、簾《れん》はいまだ知音を不得候よし申参候。千載の知己をまつの外せんすべなかるべし。この松崎は旧知識也。在都中不逢候を遺恨に覚え候。御逢被成候はば宜御つたへ被下よと、御申可被下候。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎西遊之志御坐候よし、これは何卒晋帥が墓にならぬうちに被成よと、御申可被下候。長崎は一とほり見ておきたき所也。私も志ありしかども縁なし。何卒御すすめ可被下候。市野のわる口は前書にあり。此不贅《こゝにぜいせず》。八月七日。是日|別而《べつして》暑甚し。これまでは涼しきにこまりたり。菅太中晋帥。伊沢辞安様。落合敬介漂流のうち、ここかしこ、いづくもわたくし相しれる所へ参られ候は奇也。別而宜しく御伝可被下候。御地久しく雨ふらず候よし、※[#「敝/犬」、7巻−193−上−13]郷も亦同じ。五六日ふりしのち此|比《ごろ》までふらず、此比三度少し宛《づつ》ふりたれども、地泥《ちでい》をなすにいたらず。然れども此上ふりてはまたあしし。これにてよき程也。これは※[#「敝/犬」、7巻−193−上−16]郷に宜《よろし》。土地によるべし。」
「尚々古庵様、服部氏、市川先生、凡私を存候人々へ宜奉願上候。別而御内政様、両|令郎《れいらう》は勿論、おさよどのまで不残奉願上候。ふしぎは今年蛇蚊蛙すくなく、燕はいつも春晴桃紅《しゆんせいももくれなゐ》に梅雨柳くらき比軒ばに来り、※[#「口+尼」、第4水準2−3−73]喃《ぢなん》かまびすしきに、ことしは三日に一度、五日に一度くらゐ稀に見申候。此比虫語常年のごとし。」
此手紙は長さ五尺|許《ばかり》の半紙の巻紙に細字で書いてある。分註あり行間の書入あり、原本のままには写しにくいので、文意を害せざる限は、本文につづけてしまつた。但「※[#「木+夜」、
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