の長崎屋源右衛門大阪の為川辰吉みな同じ。)日正辰時なり。撫院は朝《てう》せり。余は寺町御池下る町銭屋総四郎を訪ふ。(姓|鷦鷯《ささき》、名|春行《しゆんかう》、号竹苞楼《ちくはうろうとがうす》。)主人家に在て応対歓晤はなはだ※[#「りっしんべん+(匚<夾)」、第3水準1−84−56]《かなへ》り。古物数種を出して観しむ。所蔵の大般若第五十三巻零本巻子なり。神亀五年の古鈔跋文中に長王の二字あり。又古鈔零本玉篇一本辺格上短下長、(延喜式図書令の度なり)その裏を装修せしも古鈔本の仏経なり。「治安元年八月廿八日 以石泉御本写之已了 康平六年七月 於平等院 奉受此経 仏子快算」とあり。右|件《くだん》の年号にて玉篇の古鈔知べし。古鈔孝経七八種あり。みな古文なり。一部後宇多帝の花押あり。尤珍貴とすべし。又類編群書画一元亀丁部巻之二十一の古鈔零本金沢文庫の印あるものあり。唐代所著のものと見ゆ。又白氏文集巻子零本三巻会昌□年鈔僧|慧萼《えがく》将来によりて書する本あり。亦金沢文庫の印あり。又太子伝全本「永万元年六月十九日書 借住円舜」とあり。又今出川内大臣|晴季《はるすゑ》公(秀頼同代人)帯する所の木魚刀一あり。皆古香馥郁たるものなり。且語次にいふ所の書数種なり。新撰六旬集占病占夢の書なり。跋文に「斯依滋兵川人貞観十三年奉勅撰進爾甲撰進之」とあり。又三帰翁十巻といふものあり。其書ありといへども百味作字の一巻|無《なき》ときは薬名考べからずといへり。又弘法大師将来の五嶽真形図あり。普通の図と異なり。又篁公書する所の仏書あり。無仏斎|藤貞幹《とうていかん》の蔵するもの也。其古物珍貴しるべし。又日本国現在書目ありといふ。又医書一巻元亀の古鈔本にて末云《すゑにいはく》「耆婆宮内大輔施薬大医正五位上国撰」とあり。日已未時。さりて智恩院に行き祇園の茶店中村屋に至て休す。(豆腐|味《あぢはひ》尤よし。他|雑肴《ざつかう》箸を下《くだす》べからず。)樹陰清涼大に佳なり。此日祭神日の前一日なり。しかれども甚雑喧ならず。八坂に行《ゆき》塔下を経て三年坂を上る。坂側《はんそく》みな窯戸《えうこ》なり。烟影|紛※[#「褒」の「保」に代えて「馬」、7巻−71−下−10]《ふんでう》せり。嫗堂《うばだう》経書堂の前をすぎ清水寺門前の町に至る。酒店多し。みな提燈に酒肴の名を書して竿上に掲ぐ。清水寺中を歴観し台上
前へ
次へ
全567ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング