敷の前まで引き上げて、阿部の一族を残らず討ち取ったことを執奏してもらった。光尚はじきに逢おうと言って、権右衛門を書院の庭に廻らせた。
ちょうど卯《う》の花の真っ白に咲いている垣《かき》の間に、小さい枝折戸《しおりど》のあるのをあけてはいって、権右衛門は芝生の上に突居《ついい》た。光尚が見て、「手を負ったな、一段骨折りであった」と声をかけた。黒羽二重《くろはぶたえ》の衣服が血みどれになって、それに引上げのとき小屋の火を踏み消したとき飛び散った炭や灰がまだらについていたのである。
「いえ。かすり創《きず》でござりまする」権右衛門は何者かに水落《みずおち》をしたたかつかれたが懐中していた鏡にあたって穂先がそれた。創はわずかに血を鼻紙ににじませただけである。
権右衛門は討入りのときのめいめいの働きをくわしく言上して、第一の功を単身で弥五兵衛に深手を負わせた隣家の柄本又七郎に譲った。
「数馬はどうじゃった」
「表門から一足先に駈け込みましたので見届けません」
「さようか。皆のものに庭へはいれと言え」
権右衛門が一同を呼び入れた。重手《おもで》で自宅へ舁《か》いて行かれた人たちのほかは、皆芝
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