にへたばっていた。
 阿部一族は最初に弥五兵衛が切腹して、市太夫、五太夫、七之丞はとうとう皆深手に息が切れた。家来も多くは討死した。
 高見権右衛門は裏表の人数を集めて、阿部が屋敷の裏手にあった物置小屋を崩《くず》させて、それに火をかけた。風のない日の薄曇りの空に、煙がまっすぐにのぼって、遠方から見えた。それから火を踏み消して、あとを水でしめして引き上げた。台所にいた千場作兵衛、そのほか重手を負ったものは家来や傍輩が肩にかけて続いた。時刻はちょうど未《ひつじ》の刻であった。

 光尚はたびたび家中のおもだったものの家へ遊びに往くことがあったが、阿部一族を討ちにやった二十一日の日には、松野左京の屋敷へ払暁《ふつぎょう》から出かけた。
 館《やかた》のあるお花畠《はなばたけ》からは、山崎はすぐ向うになっているので、光尚が館を出るとき、阿部の屋敷の方角に人声物音がするのが聞こえた。
「今討ち入ったな」と言って、光尚は駕籠《かご》に乗った。
 駕籠がようよう一町ばかりいったとき、注進があった。竹内数馬が討死をしたことは、このときわかった。
 高見権右衛門は討手の総勢を率いて、光尚のいる松野の屋
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