ん剃ったであろうな」と言った。住持はなんと返事をしていいかわからぬので、ひどく困った。このときから忠利は岫雲院の住持と心安くなっていたので、荼※[#「たへん」に「比」、17−下5]所《だびしょ》をこの寺にきめたのである。ちょうど荼※[#「たへん」に「比」、17−下6]の最中であった。柩《ひつぎ》の供をして来ていた家臣たちの群れに、「あれ、お鷹がお鷹が」と言う声がした。境内《けいだい》の杉《すぎ》の木立ちに限られて、鈍い青色をしている空の下、円形の石の井筒《いづつ》の上に笠《かさ》のように垂れかかっている葉桜の上の方に、二羽の鷹が輪をかいて飛んでいたのである。人々が不思議がって見ているうちに、二羽が尾と嘴《くちばし》と触れるようにあとさきに続いて、さっと落して来て、桜の下の井の中にはいった。寺の門前でしばらく何かを言い争っていた五六人の中から、二人の男が駈《か》け出して、井の端《はた》に来て、石の井筒に手をかけて中をのぞいた。そのとき鷹は水底深く沈んでしまって、歯朶《しだ》の茂みの中に鏡のように光っている水面は、もうもとの通りに平らになっていた。二人の男は鷹匠衆《たかじょうしゅう》であっ
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