院《おうじょういん》を菩提所にしていたが、往生院は上《かみ》のご由緒《ゆいしょ》のあるお寺だというのではばかって、高琳寺を死所《しにどころ》ときめたのである。五助が墓地にはいってみると、かねて介錯を頼んでおいた松野|縫殿助《ぬいのすけ》が先に来て待っていた。五助は肩にかけた浅葱《あさぎ》の嚢《ふくろ》をおろしてその中から飯行李《めしこうり》を出した。蓋《ふた》をあけると握り飯が二つはいっている。それを犬の前に置いた。犬はすぐに食おうともせず、尾をふって五助の顔を見ていた。五助は人間に言うように犬に言った。
「おぬしは畜生じゃから、知らずにおるかも知れぬが、おぬしの頭をさすって下されたことのある殿様は、もうお亡くなり遊ばされた。それでご恩になっていなされたお歴々は皆きょう腹を切ってお供をなさる。おれは下司《げす》ではあるが、御扶持《ごふち》を戴いてつないだ命はお歴々と変ったことはない。殿様にかわいがって戴いたありがたさも同じことじゃ。それでおれは今腹を切って死ぬるのじゃ。おれが死んでしもうたら、おぬしは今から野ら犬になるのじゃ。おれはそれがかわいそうでならん。殿様のお供をした鷹は岫雲院《
前へ
次へ
全65ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング