初のようにしずかにさすり始めた。このとき長十郎の心頭には老母と妻とのことが浮かんだ。そして殉死者の遺族が主家の優待を受けるということを考えて、それで己《おのれ》は家族を安穏な地位において、安んじて死ぬることが出来ると思った。それと同時に長十郎の顔は晴れ晴れした気色になった。
四月十七日の朝、長十郎は衣服を改めて母の前に出て、はじめて殉死のことを明かして暇乞《いとまご》いをした。母は少しも驚かなかった。それは互いに口に出しては言わぬが、きょうは倅《せがれ》が切腹する日だと、母もとうから思っていたからである。もし切腹しないとでも言ったら、母はさぞ驚いたことであろう。
母はまだもらったばかりのよめが勝手にいたのをその席へ呼んでただ支度が出来たかと問うた。よめはすぐに起《た》って、勝手からかねて用意してあった杯盤を自身に運んで出た。よめも母と同じように、夫がきょう切腹するということをとうから知っていた。髪を綺麗《きれい》に撫《な》でつけて、よい分のふだん着に着換えている。母もよめも改まった、真面目《まじめ》な顔をしているのは同じことであるが、ただよめの目の縁《ふち》が赤くなっているので、
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