を悩ましてゐる。
 独り離れてゐて、女は胸の奥深い処から、音楽家の肖像を取り出して、目の前の闇をバツクグラウンドにして、空中に画いてゐる。蒼白い、広い額の下に、深く窪んだ目があつて、その目から時々焔が迸り出る。口は大きく、熱情と沈鬱とをあらはしてゐる。開いた領飾《えりかざり》の間から、半分露はれてゐる頸は、劇しい感情の為めに波立ち、欷歔《すゝりなき》の為めに張つてゐる。先づこんな美しい顔である。
 クサンチスは翌日公爵に逢つた時、大層好い青年に引き合せて貰つて難有いと云つて、感謝した。それから後は、この女は自分の生涯が今迄よりひどく面白くなつたやうに思つてゐるのである。
 昼の間は公爵を相手にして、所々《しよ/\》を訪問したり、散歩をしたりしてゐる。そして夕方になると、急いで大理石の頭の処へ行く。マドリガルやエピグラムのきらめきに、昼の間《ま》を遊び暮して、草臥《くたび》れた跡で、それとは様子の変つた、彼の青年との交際を楽む事にしてゐる。青年と一しよにゐる心持は、加減の好い湯に這入つて温まるやうである。
 青年の家に駈け付けて行くと、駈けた為めに、まだ興奮して、戦慄してゐる体を、青年は
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