、アトラスの絹で拵へた、長いワツトオ式の衣裳を着る。背中には大きい、長い襞が取つてある。又或る時はレカミエエ式の、金の棕櫚の葉の刺繍をした服を着る。臂の附け根の直ぐ下の処に、薔薇色か、サフラン色か、又は黄金色掛かつた褐色の帯が締めてある。
 そして終日扇の絵の美しい山水の間を、馬車で乗り廻る。薄緑の芝生や、しなやかに昇る噴水で飾られた園《その》がある。処々《しよ/\》に高尚な大理石の像が立てゝある。木立の間には、愛の神を祀《まつ》つた祠《ほこら》がある。さういふ時は草の上や、又は数奇《すき》を凝した休憩所で辨当を食べて帰る。帰り道に馬車をゆるゆる輓《ひ》かせて通ると、道の両側から、鳩の群に取り巻かれた、牧場《まきば》帰りの男や女が礼をするのである。
 実に面白い散歩であつた。
     ――――――――――――
 暫く立つてから、公爵がクサンチスを一人の大理石で刻んだ青年の頭《あたま》に紹介した。この青年は、公爵が近頃知合ひになつた人で、大層音楽が上手だといふ事であつた。
 一目見たばかりで、青年はクサンチスを気に入つた女だと思つた。その青年の感じが又クサンチスにも分かつた。二人はよそ
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