それは夕日が紅《くれなゐ》を帯びた黄金《こがね》色に海岸を照してゐる時、優しい、明るい目をした、賢い人達が、互に親しい話を交へてゐる様子を思ひ出したのである。
別れを告げて帰る時、貴人は女の手をそつと握つて、それにそつと接吻した。クサンチスはこれより前に、久しい間、或る老人の猶太《ユダヤ》人に世話をせられて、世をあぢきなく感じてゐたのである。猶太人はこの女を亜鉛《とたん》に金めつきをした厭な人形の中に交ぜて置いたのである。それが今こんな上品な交際振りをする人と知合ひになつたのだから、喜ぶのも尤《もつとも》である。
二人の交際は次第に親密になつた。公爵は、その時代の人の習はしとして、人に気に入るやうに立ち振舞ふ事が上手だから、クサンチスを喜ばせる事が出来たのである。
折々公爵は、クサンチスが朝早く起きた頃に、薔薇の花で飾つた陶器の馬車で、迎へに来た。女は急いで化粧をして、丁度その日の空の色と、自分の気分とに適した着物を着て出掛けた。或る時はふはふはした紐飾の付いた、明るい色の、幅広な裳を着ける。春の朝のやうに軽々として華やかである。或る時は薄い柳の葉の色や、又はレセダの花の色をした
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