ト公にしようとも思わなかった。勿論《もちろん》発見も発明も出来るならしようとは思うが、それを生活の目的だとは思わない。始終何か更にしたい事、する筈の事があるように思っている。しかしそのしたい事、する筈の事はなんだか分からない。或時は何物かが幻影の如くに浮んでも、捕捉することの出来ないうちに消えてしまう。女の形をしている時もある。種々の栄華の夢になっている時もある。それかと思うと、その頃|碧巌《へきがん》を見たり無門関《むもんかん》を見たりしていたので、禅定《ぜんじょう》めいた contemplatif《コンタンプラチイフ》 な観念になっている時もある。とにかく取留めのないものであった。それが病人を見る時ばかりではない。何をしていても同じ事で、これをしてしまって、片付けて置いて、それからというような考をしている。それからどうするのだか分からない。
 そして花房はその分からない或物が何物だということを、強《し》いて分からせようともしなかった。唯《ただ》或時はその或物を幸福というものだと考えて見たり、或時はそれを希望ということに結び付けて見たりする。その癖又それを得れば成功で、失えば失敗だと
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