ネ台を据えて、盆栽を並べて置くのは、この室の前の庭であった。病人を見て疲れると、この髯《ひげ》の長い翁《おきな》は、目を棚の上の盆栽に移して、私《ひそ》かに自ら娯《たのし》むのであった。
 待合《まちあい》にしてある次の間には幾ら病人が溜《た》まっていても、翁は小さい煙管《きせる》で雲井を吹かしながら、ゆっくり盆栽を眺《なが》めていた。
 午前に一度、午後に一度は、極まって三十分ばかり休む。その時は待合の病人の中を通り抜けて、北向きの小部屋に這入《はい》って、煎茶《せんちゃ》を飲む。中年の頃、石州流の茶をしていたのが、晩年に国を去って東京に出た頃から碾茶《ひきちゃ》を止《や》めて、煎茶を飲むことにした。盆栽と煎茶とが翁の道楽であった。
 この北向きの室は、家じゅうで一番狭い間で、三畳敷である。何の手入もしないに、年々|宿根《しゅくこん》が残っていて、秋海棠《しゅうかいどう》が敷居と平らに育った。その直ぐ向うは木槿《もくげ》の生垣《いけがき》で、垣の内側には疎《まば》らに高い棕櫚《しゅろ》が立っていた。
 花房が大学にいる頃も、官立病院に勤めるようになってからも、休日に帰って来ると、先《
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