板。これは夏のことであった。瓶有村《かめありむら》の百姓が来て、倅《せがれ》が一枚板になったから、来て見て貰いたいと云った。佐藤が色々容態を問うて見ても、只繰り返して一枚板になったというばかりで、その外にはなんにも言わない。言うすべを知らないのであろう。翁は聞いて、丁度暑中休みで帰っていた花房に、なんだか分からないが、余り珍らしい話だから、往って見る気は無いかと云った。
花房は別に面白い事があろうとも思わないが、訴えの詞《ことば》に多少の好奇心を動かされないでもない。とにかく自分が行くことにした。
蒸暑い日の日盛りに、車で風を切って行くのは、却《かえっ》て内にいるよりは好い心持であった。田と田との間に、堤のように高く築き上げてある、長い長い畷道《なわてみち》を、汗を拭きながら挽《ひ》いて行く定吉に「暑かろうなあ」と云えば「なあに、寝ていたって、暑いのは同じ事でさあ」と云う。一本一本の榛《はん》の木から起る蝉《せみ》の声に、空気の全体が微《かす》かに顫《ふる》えているようである。
三時頃に病家に著いた。杉の生垣《いけがき》の切れた処に、柴折戸《しおりど》のような一枚の扉《とびら》を
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