ず、明日リムビヨツクの著書を君に贈りて君の疑を晴すべしと申候。只今目前に開き居るは此ドクトル、ブラウネル氏の貸しくれし書籍に候。此書籍をドクトルに返却することを遺族に申残し候。其他には申残すべき事も無之候。遺言状は余程以前に認めあり、今日に至りて其内容を変更する必要無之候。何故と云ふに、遺族たる妻は貞操を守りし女にして、子は我が嫡出の子なる故に候。其子の皮膚の色の如何にも異様なるは十分説明すべき理由あることに候。それを異様に解釈するは、世の人の無教育なると悪意あるとの致す所に外ならず、若し世の人にして智慧あり悪意なき者ならば、事実の真相は一般に承認せらるべく、小生も自殺するを要せざることと相成る可く候。不幸にして世の人皆愚にして根性悪しき故、誰も小生の言葉に耳を借すことなく、申合せたる如く嘲笑致し居候。妻の伯父グスタアフ・レンゲルホオヘル氏は小生の平素敬愛し居る人に候へども、初めて我子を見せし時、異様なる面持にて小生に目配《めくば》せ致し候。我が生みの母も初めて孫の顔を見し時、小生に気の毒の感あるらしき様子にて握手致し候。小生の事務所に勤め居る同僚は、昨日小生が出勤せし時、互に顔を見合
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