である。
今でも学生が卒業する度に謝恩会ということがある。しかし今からあの時の事を思って見ると、客も芸者も風が変っている。
今は学士になると、別に優遇はせられないまでも、ひどく粗末にもせられないようだ。あの頃は僕なんぞをば、芸者がまるで人間とは思っていなかった。
あの晩の松源の宴会は、はっきりと僕の記憶に残っている。床の間の前に並んでいる教授がたの処へ、卒業生が交《かわ》る交《がわ》るお杯を頂戴しに行く。教授の中には、わざと卒業生の前へ来て胡坐《あぐら》をかいて話をする人もある。席は大分入り乱れて来た。僕はぼんやりしてすわっていると、左の方から僕の鼻の先へ杯を出したものがある。
「あなた」
芸者の声である。
「うむ」
僕は杯を取ろうとした。杯を持った芸者の手はひょいと引込んだ。
「あなたじゃあ有りませんよ」
芸者は窘《たしな》めるように、ちょいと僕を見て、僕の右前の方の人に杯を差した。笑談《じょうだん》ではない。笑談を粧《よそお》ってもいない。右前にいたのは某教授であった。芸者の方には殆ど背中を向けて、右隣の人と話をしておられた。僕の目には先生の絽《ろ》の羽織の紋が見えてい
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