次第もなく植えてある。日が砂地にかっかっと照っている。御殿のお庭の植込の茂みでやかましい程鳴く蝉の声が聞える。障子をしめた尾藤の内はひっそりしている。僕は竹垣の間の小さい柴折戸《しおりど》を開けて、いつものように声を掛けた。
「裔一君」
返事をしない。
「裔一君はいませんか」
障子が開く。例の髪を項まで分けた榛野が出る。色の白い、撫肩《なでがた》の、背の高い男で、純然たる東京詞を遣うのである。
「裔一君は留守だ。ちっと僕の処へも遊びに来給え」
こう云って長屋隣の内へ帰って行く。鳴海絞《なるみしぼり》の浴衣《ゆかた》の背後《うしろ》には、背中一ぱいある、派手な模様がある。尾藤の奥さんが閾際《しきいぎわ》にいざり出る。水浅葱《みずあさぎ》の手がらを掛けた丸髷の鬢《びん》を両手でいじりながら、僕に声を掛ける。奥さんは東京へ出たばかりだそうだが、これも純然たる東京詞である。
「あら。金井さんですか。まあお上んなさいよ」
「はい。しかし裔一君がいませんのなら」
「お父さんが釣に行くというので、附いて行ってしまいましたの、裔一がいなくたって好いではございませんか。まあ、ここへお掛なさいよ」
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