頭痛ばかりではなくて、動悸《どうき》がする。僕はそれからはめったにそんな事をしたことはない。つまり僕は内から促されてしたのでなくて、入智慧でしたので、附焼刃《つけやきば》でしたのだから、だめであったと見える。
或る日曜日に僕は向島の内へ帰った。帰って見ると、お父様がいつもと違って烟《けむ》たい顔をして黙っておられる。お母様も心配らしい様子で、僕に優しい詞を掛けたいのを控えてお出《いで》なさるようだ。元気好く帰って行った僕は拍子抜がして、暫く二親の顔を見競べていた。
お父様が、烟草《たばこ》を呑んでいた烟管《きせる》で、常よりひどく灰吹をはたいて、口を切られた。お父様は巻烟草は上《あが》らない。いつも雲井という烟草を上るに極まっていたのである。さてお話を聞いて見ると、僕の罪悪とも思わなかった罪悪が、お父様の耳に入ったのである。それはかの手に関係する事ではない。埴生との交際の事である。
同じ学校の上の級に沼波《ぬなみ》というのがあった。僕は顔も知らないが、先方では僕と埴生との狗児《ちんころ》のように遊んでいるのを可笑《おかし》がって見ていたものと見える。この沼波の保証人が向島にいて、
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